若い頃の私は、「ご褒美」といえば少し背伸びをするものだと思っていました。
ちょっと高めのランチに行ったり、欲しかった洋服を思い切って買ったり。
頑張った自分に対して、目に見える形で何かを与えることが、ご褒美だと信じていたのです。
もちろん、それは今でも楽しいものです。
でもアラフィフになった今、私の中で「贅沢」の意味は少しずつ変わってきました。
お金をかけない時間のほうが、心を満たしてくれることが増えた

例えば、仕事や家事を終えたあとの静かな時間。
誰にも話しかけられず、急かされることもなく、ただ自分のペースで過ごすひととき。
これが、今の私にとっては何よりのご褒美です。
以前は、何もしない時間にどこか罪悪感がありました。
「こんなことをしている場合じゃない」
「もっと有効に時間を使わないと」
常に何かに追われているような気持ちがあったのです。
でも、あるとき気づきました。
何もしない時間があるからこそ、心も体も整うのだということに。
今では、あえて何も予定を入れない日をつくるようにしています。
朝から少しゆっくり起きて、コーヒーを飲みながらぼんやりする。
テレビをつけてもいいし、つけなくてもいい。
ただ静かな時間の中で、自分の呼吸や気持ちに意識を向ける。
それだけで不思議と心が軽くなっていきます。
「日常の中にある楽しみ」を見つけることが小さな贅沢

例えば、スーパーで買う少しだけ良いお菓子。
特別高価なものではなくても、「今日はこれを楽しみにしよう」と思えるだけで、一日が少し明るく感じられます。
それから、日用品にも少しだけこだわるようになりました。
タオルや食器、ハンドクリームなど、毎日使うものをほんの少し気に入ったものにするだけで、日常の満足度はぐっと上がります。
値段ではなく、「自分が好きかどうか」。
それが今の私にとっての基準です。
今の私の基準は「自分にとって心地いいかどうか」
若い頃は、人と比べることも多くありました。
誰がどんなものを持っているか、どんな生活をしているか。
それに影響されて、自分の満足度も揺れ動いていたように思います。
でも今は、そうした比較から少し距離を置けるようになりました。
自分にとって心地いいかどうか。
それだけを大切にすることで、暮らしはずいぶんラクになりました。
無理をしない、背伸びをしない。
それでも十分に満たされるということを、少しずつ実感しています。

お金をかけることだけが贅沢ではない。
むしろ、お金をかけずに満たされる時間こそが、本当の意味での豊かさなのかもしれません。
今日も、特別な予定はありません。
でも、だからこそ大切にしたい時間があります。
お気に入りのカップでお茶を飲み、少しだけ甘いものを用意して、静かに過ごすひととき。
誰かに見せるためでも、誰かに評価されるためでもない、自分のためだけの時間。
そんな小さな贅沢を重ねていくことが、これからの私の暮らしを支えてくれる気がしています。
大きな幸せを追い求めるのではなく、日常の中にある小さな喜びを丁寧に拾い上げていく。
そんな生き方が、今の私にはしっくりきています。
これからも、自分なりの「お金をかけない小さな贅沢」を大切にしながら、穏やかに日々を過ごしていきたいです。


コメント